愛と祈り いわさきグループ     〜互助会・ご結婚・ご葬儀・お仏壇〜
コラム

 
鎌倉街道物語

【その八】「影隠地蔵」かげかくしじぞう
(狭山市指定文化財史跡)
 柏原の新富士見橋を渡った交差点(奥州道)近くにある地蔵尊は、「影隠地蔵」(かげかくしじぞう)と呼ばれ、清水冠者(しみずのかじゃ)源義高に伝わる伝説があるといわれています。
 その義高の父、源義仲(木曽義仲1,154〜1,184)は京都に兵を挙げたのち、征夷大将軍に任ぜられましたが、載頼、義経の軍と戦って敗れました。一方、源頼朝に人質となっていた義高は身に難が及ぶのを避ける為、妻の大姫(頼朝の娘)のはからいで頼朝の手から逃れ、父義仲の出生地でもあり、又、関係の深かった畠山重能の住む現在の比企郡嵐山町へ向かいました。途中、一族に追われましたが、この地蔵尊の影に隠れて難をのがれたといわれています。しかし吾妻鏡(鎌倉時代の史書)には藤内光燈に斬られたと記されています。現在の地は狭山・日高道路の拡張により移動していますが、義高の悲劇を哀れんだ当時の村人たちが建てたものともいわれています。
「古道を歩く」鎌倉街道歴史探訪1 埼玉県教育委員会より