愛と祈り いわさきグループ     〜互助会・ご結婚・ご葬儀・お仏壇〜
コラム

 
鎌倉街道物語

【その七】「清水八幡」
しみずはちまん(狭山市指定文化財史跡)
 清水八幡には、源義高(清水冠者義高)がまつられています。義高は源(木曽)義仲の嫡男ですが、源頼朝に人質として鎌倉に送られ、頼朝とその妻、北条政子との間に生まれた娘、大姫の婿になっていました。父、義仲が頼朝に討たれたのを知った義高は、自分にふりかかる難をのがれるため、従者六人ばかりと共に父と由縁の深い現在の嵐山町をめざして逃亡しましたが、当地入間河原で頼朝の追手に討ち果たされました。このくだりは「吾妻鏡」の記事に残されています。 清水八幡は元暦元年(一、一八四)四月、入間河原で非業の死を遂げた「清水冠者義高」にちなむもので、その死を憐れんだ北条政子が霊を慰めるために、入間川畔に社を建てたと伝えられています。
「古道を歩く」鎌倉街道歴史探訪1 埼玉県教育委員会より